第113期 #15

 死んだ町にサンタクロースがやって来た。クリスマスはとっくに過ぎていたし、町を流れる川の護岸には、真っ赤な彼岸花が揺れていた。
「こんにちは」
 とサンタクロースが挨拶をすると、道を歩いてきた手押し車の老人は耳が遠いせいか、赤白の派手な衣装を着たサンタクロースを振り向きもせず、一定の速度を保つ回転寿司のように一本道を通り過ぎていくのだった。

 サンタクロースは何時間も町を歩き回ったが、とにかく人の姿を見つけるのが大変だった。広い畑でクワを振るう農夫に大声で叫んでも、干した布団を叩く奥さんに挨拶しても、まるで夢の続きを眺めているような、重く沈みそうな視線を返してくるだけだった。
「とてもきれいな紫陽花ですね。緑色の紫陽花なんて、初めて見ましたよ」
 大きな袋を背負ったサンタクロースは背中の重みを確かめるように体を揺らすと、後ろ姿でサヨナラを言ってその場を去るしかなかった。

 死んだ町の中心に近づくと、通りに面した植え込みに咲いた向日葵の大輪が、場違いなサンタクロースを見下ろすように正午の影を落としていた。
 サンタクロースは、郵便局や農協の隣にある“ふれあいマート”でシャケ弁当を買った。買い物カゴの中で茶虎の子猫がクークーと眠っていたが、決して起こさないようにシャケ弁とお茶をカゴに入れ、何事もなかったようにレジへ向かった。しかし店内にはBGMもなく、レジには岩山のようなゴリラが、淡い水色の制服を着て立っている。あるいは着ぐるみかもしれないが、だとしたら僕の同業者だな、とサンタクロースは思った。
「メリークリスマス」
 とサンタクロースは言うと、バーコードの精算を済ませたゴリラにプレゼントを渡した。
「そう睨むなよ。僕だってつらいんだ」

 サンタクロースは店を出ると、今日来た道を引き返すように歩き始めた。
 よく町並みを眺めると、桜の蕾が膨らみ始めている。
 花見にはまだ早いが、桜でも見ながら弁当でも食おうかとサンタクロースは思い公園へ入ると、長い首に包帯を巻いた女子学生が、ブランコを力無く揺らしながら、尼さんのように禿げ上がった頭を限りなく地面へ垂らしていた。首が融けているのだ。
 サンタクロースは彼女の禿げ頭が地面に落ちる前に、なんとか受け止めるだけで腕が折れそうになった。
「メリークリスマス。君を助けに来たよ」
 彼女は融け落ちた空気に向かって腕を伸ばした。
「じゃあ私と一緒に、死んでくれるの?」



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