第110期 #12
例えばある朝、通勤でも通学でもいい、君はいつもの道を通る。すると何百回と通ってきたはずの曲がり角に、見慣れないカーブミラーを見つける。新しく設置されたものかと思って眺めてみても、その標識はずっと昔からそこに立っていたような、傷や汚れがある――こんな経験は無いかい?
何もミラーだけの話じゃない。それは街灯であったり、左腕のほくろであったり、電子メールであったりする。見慣れないものが増えている時だけじゃなく、あった気のするものが無くなっている時もある。昨日までの記憶と、今日が、違う。大抵の人は、曲がり角に無かったはずのカーブミラーを見つけても、こんなところにミラーなんてあったっけ、とか、毎日通っているのに気づかないものだな、とか、少し奇妙に思って通り過ぎるだけだ。だけど実際は違う。
君は眠っている時、夢を見るよね? 見ない日もあるかもしれないけど、それは見たことを忘れているだけ。毎日必ず、君の意識は夢の世界にワープしている。そして、目覚める一瞬前に帰ってくる。
でもね、夢の世界からこっちの世界に帰ってくる時、間違えて、もといた世界と少し違った世界に迷い込んでしまうことがある。その世界には、もといた世界には無かったカーブミラーがあったりする。君は昨日と少し違う世界に小さな違和感を抱いても、結局は気にせず、その世界で生きていく。
じゃあ、もといた世界の君はどうなってしまうのか? それは誰にも分からない。死んでしまうのかもしれない。世界ごと消滅してしまうのかもしれない。君の知らない「君」が、君のフリをして、生きていくのかもしれない。
さっきから君、君、って言ってるけど、「君」っていったい何なんだろう? この文章を読んでいるあなた? じゃあ聞くけど、二十四時間前のあなたと、今文章を読んでいる「この」あなたが、本当に同じものだと言える? 子供の頃の写真を見せられ、
「小さな頃のあなた、可愛かったんだから」
と言われた時、写真の中の子供と、今の「この」自分が同じものだと言える?
「人間は変化する。小さな頃の自分と今の自分が異なっていることには何の不思議もない」
と言う人がいるかもしれない。でもそうだとすると、君は今この瞬間も変化し続けていて、どの瞬間の君が「君」なのか分からないことになる。一瞬前の「君」と、今この瞬間の「君」が、全く同じものと誰が言えよう?
君って、何だ?
お前は、誰だ?