第110期 #1

大人の階段

一ヶ月に一回しかないチャンスをまた健二が潰した。

父に月一度しか会えない理由を僕は、おかんとの仲が良くないのが原因と僕はわかっている。

父に悟られまいと演技をする僕を尻目に、健二は悠長に
「仕事忙しい期間が早く終わったらいいのにね」
と、いつもの喘息で急遽入院したベットの上でニコニコしている。

もともと今日はUSJに行く予定で、僕は僕なりに、友達に自慢したり、乗り物に乗る順番を考えたり、帰りのご飯をどこで食べるかなど、段取りをしていたのだ。

それがそれが。

「おにぃちゃんごめんね。」と今年三度目のチャンスを潰した健二は、申し訳なさそうに僕を見つめる。

大西先生が三度同じことをするのは馬鹿のすることだと、言ってたので
「おい、馬鹿。もう家かえってくんなよ」と言った刹那

ゴン

と強い衝撃と共に、痛みがじんわりズキズキと伝わってきた

「憲一、なんて事言うんだ」
父が、顔を真っ赤にして怒っていた。

「そうよ、可愛い弟さんにそれは言い過ぎよ」
隣でテレビをみていた知らないおばぁちゃんにもいうわれた。

なんだよ。
俺が悪いのかよ。僕は一度しか悪いことをしてないじゃないか、健二は三回も悪いことをしてるのに。
知らない人にも怒られる。一ヶ月に一度しか会えない父にも怒られる。
本当は今頃ジュラシックパークに乗ってるはずだったんだ。

なのに。なのに。

あまりに不条理で僕は、涙を流すのを堪えながら病室を出て、廊下の緑の線をじっとみつめながらロビーの方向に歩いた。


ロビーにつくと、自販機でさっちゃんにお土産を買うためにおいてた500円玉を取り出し、オレンジジュースを買った。


ロビーで一人。オレンジジュースを飲みながら、涙をグッと堪えてる。

父が来て、兄だからと言う説教をしてくるのか。
健二が来て、再度謝ってくるのか。

どちらにしても、悪くない僕が謝罪をしないと、この一件に終リがないことを、僕は少しながらわかっている。


オレンジジュースを飲み干し、なかなか来ない父か健二に待ちくたびれた僕は、もう一度自販機で、オレンジジュースを買った。

右手にオレンジジュースを持ち、頭の中で予行練習
「ごめんな、健二。」とオレンジジュースを笑顔で渡し、この一件を兄として、大人の対応として終わりにしたかったのだ。

廊下を歩き、「前川 健二」と書かれた部屋の前で深呼吸。

ガラガラガラ

扉の向こうの景色は、衝撃だった。

健二と父は、僕のことなど心配も関心もなくトランプをしていた。



Copyright © 2011 伊藤 知得 / 編集: 短編