第11期 #6

永字占い

『永字占い』
昔食べた英字ビスケットをふと思い浮かべてしまうようなネーミングのこんな占いが
本業の書道教室よりも人気が出てしまうとは思いもよらなかった。
基本の筆使いを8つ含むことから習字の練習によく使われる「永」という文字を見て
それを書いた人の性格や人柄、その時の体調や心の様子をすばやく見抜き
それらに運勢をからめておごそかに告げる。
そしてその字に朱を入れながらさりげなく暗示を与えるだけの簡単なものだ。

ただ、時々訪れる特別な「客」には私も特別に極めた「技」を使う。

お香の匂いがたちこめるこの部屋に入ってきた時、その女も最初は半信半疑だった。
しかし彼女の書いた「永」の文字を見て、私が性格だけでなく現在の仕事や生い立ちなどを言い当てると
さすがに驚いたようだった。最後の言葉は決まっている。

「あなたは今、不毛の愛に悩んでいますね」

そのあとは心のゆれに乗じるように墨を磨らせる。
「ただ磨るだけじゃだめ。自分の心が腕を通って指を通って墨を通って硯に全部注ぎこまれるところをイメージして」
催眠効果の高いお香と暗示の言葉。
私の入れた朱にあわせて、ふたたび「永」を書く頃には心はほとんどからっぽだ。
あとは筆の動きに合わせてさらに深い暗示を与えてゆく。
強い意志、確実な未来、軌道修正、自信・・・
「アノオトコトハ ワカレタホウガイイ」
納得できる「永」が書きあがった時、朦朧とした意識の中で彼女はそう決意するだろう。



「ふん。いつもながら見事なお手並みだね」
出て行った客と入れ違いのように入ってきた男は、書き散らした半紙をつまみあげるとバカにしたようにそう言った。
愛されているという根拠のない自信から、好き勝手をしてはいつもしりぬぐいをさせる「夫」の言葉を聞きながら
私は手本として書いた完璧な『永』を見ておだやかに微笑む。
あなたは知らない。
彼女が別れるためにどんな手段を使うのか。
私が与えた最後の暗示を・・・。


数日後。
夫の愛人に妻が刺される、という小さな記事が新聞に載った。
占い師は最後の「右払い」の方向を間違ってしまったらしい。

「アナタヲクルシメツヅケタヒトヲ ケセバイイ」



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