第109期 #5

プラットホームで。

窓の外の風景が見慣れたものに変わった。
それとともに、車内アナウンスからいつもの名前が流れた。
私は広げていた荷物をまとめ、足早に電車を降りた。
塾にいくのは憂鬱。
まぁ、私が宿題を駅になんて忘れていくからいけないんだけど…。

「嘘…」
駅のベンチには、昨日置き忘れたはずの宿題がやってある状態でおいてあった。
「なんで…」
一か八かで提出。全問正解で帰ってきた。…おかしい。
今日でた宿題も、同じベンチに置いて帰った。
翌日、宿題はやってあった。全問正解。
幽霊?怪奇現象?いやいやまさか。
私は次の日また宿題を置いて、こっそり見ていた。
宿題を手に取る人が。角度的に顔は見えないけど、男子中学生?らしき人。
私の問題をすらすらと解き、元の場所へ戻した。
「あのっ!!」
私の声に、その人はびくっと驚いた。
結構、美形。
第一印象はそれに尽きた。
「なんで私のを…?」
「なんで、って、いいじゃん。全問正解だし、君がやるより出来はいい」
あぁ、そっか、と納得しかけてやめた。今のって嫌味だ。
「馬鹿の研究してるの。俺」
「失礼じゃない?面と向かって、馬鹿、って」
「失礼じゃない、事実だ」
「それ、失礼っていうの」
「馬鹿は心も狭いんだね」
すこしは礼儀ってものをわきまえてほしい。天才は育ちが悪いんだろうか。
「私のこと研究していいから、勉強教えて」
なんでこんなことを言ったのかわからないけど、口走ってしまった。
「はぁ?」
「いいじゃん。交換条件」
「…名前は?」
「水木香」
「俺は篠原薫。奇しくも同じ名前か」
「くし…何?」
「やっぱやめた。馬鹿は疲れる」
そういいながらも笑いながら手元のノートに
「水木かおる」と書いた。

「あんたってほんとに馬鹿でしょ」
大量の宿題を前に、出会った駅のプラットホームでわいわい。
薫はあきれてものも言えないというようにため息をついた。
『短期。稀に見る馬鹿。理解不能』
とノートに書き込んだ。
「なっ…」
「ん?事実じゃない?」
むっとしながらも、楽しかった。薫も楽しんでいた。
(私をいじめることに?)
でも楽しかったことに気づいたのは、彼と会わなくなって少ししてからだった。

「やった」
59点。決して良い点じゃないけど、赤点は免れた。
お母さんには「塾のおかげね」って言われたけど…。
シャクだけど、多分薫のおかげ。
ふぅ、とため息をついて電車に乗った時、外のベンチには…彼。
私はテストを広げて見せた。
電車の窓越しに、彼がほほえんだのが見えた。



Copyright © 2011 天海 苺 / 編集: 短編