第109期 #16
「味噌を食べるとき、人はどうしても顔をゆがめてしまうだろう」
たけしは突然そんなことを言い出し、俺と野々村をぎょっとさせた。
「それは何故か? 僕は子供の頃からそれが気になっていて、ずっと考えていたんだ。味噌は人にとって害となる成分が多量に含まれているわけでもないし、特別苦味が強いとか、鼻が曲がるような異臭がするとか、そういったこともない。さらに言うと、味噌を使った料理は結構昔から存在している。詳しくは知らないけど、多分お侍さんも味噌汁飲んでたんじゃないかな。そして、お侍さんもきっと、顔をゆがめながら味噌まみれの肉や野菜を口にしていたんだ。
何故、顔をゆがめてまで味噌は食され続けてきたのか。味噌が人にもたらす神秘とは一体なんなのか。僕の人生最大の疑問、それが昨日ようやくわかったんだ」
そこまで言うと、たけしは脇においてあった紙袋から数枚のプリントを取り出し、俺と野々村に配った。
「そこに書かれているのは味噌の栄養素、そしてその健康効果だ。まず、一枚目に書かれているグラフを見てくれ。一番大きな割合を占めているのは見ての通り」
それからたけしの解説は30分にわたって続いた。
その間、俺と野々村は一度も口を挟めなかった。たけしの熱心な話し振りを見ていると、「顔ゆがむのはお前だけだろ」なんて言えるはずもなかった。味噌の素晴らしさを熱く語るたけしは、きっと自分の味噌嫌いを理屈で克服しようと、必死で頑張っていたはずなのだから。