第109期 #12
目が覚めると奇妙な場所にいた。昨夜入ったベッドではない、柔らかくてしっとりとした赤い物の上で体を起こす。一歩踏み出すと浅い水に足首まで浸かった。泥の感触。どうやら沼に浮かんでいる、大きな花の上で寝ていたらしい。
あたりを見回してみる。紫色をした霧が漂っていて、遠くの景色を見渡すことができない。いくつか木造の屋敷があり、宝石を埋め込んでいるようにきらきら光っている。
いったい俺はどこにいるのか。困惑して立ち尽くしていると、背後から声がかけられた。
「ようこそおいでくださいました」
振り返り、たちまち眩しさに顔をそむける。誰かが立っていたが、逆光のように強い光が射していて直視できない。手で光を遮り、なおかつ薄目になってようやく姿がぼんやり見えてきた。布を巻きつけたような簡素な服をきた男だ。眩しさに顔をしかめつつ尋ねてみる。
「あなたは誰だ。ここはどこだ。俺はなぜここにいる」
「私はアミターバ。あなたの国ではよく阿弥陀如来と呼ばれています。そしてここは西方安楽国。いわゆる極楽浄土です」
「そんな馬鹿な! 俺は……」
「不安になる必要はないのです。ここでは病も老いも死も、一切の苦しみがありません。いつまでもいつまでも修行を積み続けられ、いつか必ず悟りを開くことができます」
俺は頭の中を激しくかき混ぜられたように混乱した。足の力が抜けて地に膝をつく。
狼狽する俺に、アミターバは優しい声で語りかける。
「驚く必要はありません。あなたもナムアミダブツと唱えたことがあるでしょう」
「そりゃ、なにかで一度くらいは口にしたかもしれないが」
「ナムはすべてを委ねるという意味、アミダブツは私。そして私の望みは、あらゆる人を浄土へ迎え、悟りを開かせること。ですからアムアミダブツと一度でも唱えた者は、必ず浄土へと迎え入れています」
まぎれもない善意に満ち溢れている言葉が、俺の背筋を凍らせる。取り返しの付かない、奈落へ身を投げたような恐怖がせり上がってくる。
「だが……だが、俺は――!」
そう叫んだところで目を覚ました。
いつもと変わらぬ寝室のベッドの上。枕とシーツは汗でぐっしょり濡れている。
俺は上体を起こして枕元のロザリオを掴み、死より恐るべきものを振り払おうと祈った。
「我は信ず、唯一の神、全能の父、天と地、見ゆるもの、見えざるものすべての造り主を。我は信ず、唯一の主、神の御ひとり子イエス・キリストを――」