第105期 #3

あまりの違いにぎゃーてー、ぎゃーてー、俺、驚愕

こだわりを余すことなく店員に伝え、かしこまりましたの言葉までちゃんと聞いて待つ。弁当屋の椅子は固く尻が痛いが、なにかふわふわしながら待つ。俺の注文した海苔弁当、ただし規制の商品から特別にリクエストして海苔の上に鱈のフライをずどんと乗っけてもらい、醤油のパックをつけてもらい、じゃがいものサラダは嫌いだから、ほうれん草のおひたしにしてもらっているもの。みなさんは我が儘だと思われるかもしれないが、そこはいわゆる俺の行きつけの弁当屋でいつもそうしてもらうために俺の顔を見ただけでいつものね?というぐらいの表情を店先の妙齢の女性は見せるので、もう安心している。念のため説明して、あいよ、糊弁当一丁、の声を聞いて安心。俺は仕事帰りでとにかく疲れきっている。仕事は転々と変わるがこの時は土方の仕事であった、体力的にも疲れているが、指導係のおっさんがひどい奴で、俺を目の敵にしてよけいな仕事を言いつけるから精神的にもくたくたである。弁当屋のBGMは有線放送の甘っちょろいポップス、愛がどうとか恋がどうとか、歯がゆくなるような歌詞をどこかで聞いたことのある女性ボーカルが歌っている。耳障りではないが、奥底には響いてきやしない距離感に好感。悲しみの海老フライ/もう終わりなのねあたしたち/だったらいっそ死にましょう/てんぷら油を飲み干して、というフレーズを脳内で繰り返しながら、店にある雑誌をめくる。ぺらぺらぺら。やがて妙齢の女性がおまたせしました、と俺に声をかけてくる。俺は半笑いで弁当を受け取り店を出る。背中にありがとうございました、を受けながら12月の町に出る。何にも考えずに家に向かう、心なし急ぎ足、俺の糊弁当が冷めてしまわないうちに食うために。冷めてしまっても美味いことは美味い、しかし、ほのかな温かさがあの妙齢の女性の心意気、それを汲み取って食うべきではないかと思うから。最後は駆け込んで階段を上り、鍵を取り出し、なかなか鍵穴に入らずに若干いらいらしつつ、叩くようにドアを開ける、壊してしまってもいいと、思ったよ。部屋に入る。こたつの電源を入れ、何もしないで糊弁当を取り出してセロハンテープを剥がすのだ。さあ。蓋を開いてみると、糊じゃねえ、飯もねえ、テレビもビデオも何にもねえ。ずどんとナポリタンで満たされたそれを僕、しばらく見つめていたよ。



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