第105期 #13
友人のヒロアキの別荘を訪ねた。どこまでも続く大理石の廊下の壁に絵画が一枚掛けられていた。僕は今、とある印象派の画家が描いたのであろう一枚の絵の前に立っている。
絵の左上には太陽が描かれている。眩しく赤々とした太陽だ。絵の右上は青暗く、夜にな
ろうとしている。夕方の絵だ。ここには左上の太陽から照らされた遠くへと広がる滲んだ
砂漠が描かれている。熱気のためか、遠くの景色は揺れている。霞む地平線。それとも蜃
気楼が起きているのか。向かった先に何が見えてくるのか分からない。絵画の両側には、
大きな岩が並んでいた。中央の砂漠を挟むように、大きく立ち並んでいる。岩肌がひどく
荒れている。ゴツゴツとした手触りを、目で感じとることが出来る。どこも瘡つき枯渇し
ている。植物も生えることが出来ない。絵の逆側の、赤い陽光に晒されているこの岩の裏
側は、まだ熱を帯びているのかもしれない。しかし、今こちらに向けられている岩の表面
は、熱を剥がされ、音を立てず、もうすでに冷たく静まりかえっている。この描かれた絵
の次には、いったいどのような世界が待っているのだろうか。夕焼けはまさに燃えるよう
だというのに。昼と打って変わり夜の砂漠はひどく寒いのだろう。生物が、生きられるよ
うな寒さではないのだろう。右の岩の足元から砂漠を覗く、一人の男の黒い後ろ姿が描か
れている。岩石地帯を経て、遠くの砂漠へ進もうとしているのかと思えば、そこで歩くの
を止めたかのようにも見える。傾く赤い太陽の光に照らさせて、男の黒い影は絵の右下へ
と伸びている。その影は靴の裏から男を捕まえているようである。また右上から迫る夜が
男を引き摺り込もうと窺っている。男は岩の間を抜けて暑い砂漠の世界へと足を進めるの
だろうか。左の岩陰の地面には、枯れ木が吹き晒された体を横たわらせている。遥か昔に
息を止め、死んでからも静かにそこで何かを看取る木の屍のようである。男の両足はどち
らも前に出ていない。立ち止まっていればいつか一人寂しい夜が来る。男を捕まえる影は
いったい何なのか。男から伸びる影はこの絵画の枠を越えている。その影が伸びる先を目
で辿ってみると、そこにあったのは僕の右腕。――彼を離そうとしないのは僕なのか。一
瞬一人広い世界に立ちすくんだようだった。どういった気持ちで画家はこの絵を描いたの
だろう。男の伸びた影の中、絵画の右下には小さな文字で“HIROAKI”とあった。