第105期 #1

折れた傘

ある晴れた日の午後、僕は土手で、捨てられたビニール傘を見掛けた。

傘は、明らかに芯が折れており、傘としての役目を終えていた。
つまり、単なるゴミだ。

今の彼、あえて彼と呼ばせてもらう、の役目は、何なのだろうか。
存在するすべてのものには、何かしらの役目があるとすれば、それは何だろうか。

僕は、昨日、風が強く、激しい雨が降っていたことを知っている。
しかし、その事実は、単なる過去であり、思い出す必要性に欠け、実際彼を見なければ思い出すことはなかっただろう。

彼の役目は、僕に、或いは傘を見掛け、かつ昨日の風雨を知っている人間に見掛けられた時、相手に昨日の風雨を思い出させることだろうか。
しかし、そのことに何の意味があるのか。


ある晴れた日の午後、私は土手で、土手を歩く青年を見掛けた。

大学生だろうか。
そういえば、近くに有名な大学があった気がする。

彼は私を見た、だが特に足を緩めることもなく、通り過ぎて行った。
しかし、このほんのちょっとした出会いに、何か意味がある気がした。

例え、彼が私を見掛けたことを、既に忘れてしまっているとしても、意味がある気がした。
起きたすべての出来事には、何かしらの意味があるとすれば、それは何だろうか。

私は、昨日、風が強く、激しい雨が降っていたことを知っている。
この身に刻みこんでいる、激しかった昨日という過去の記憶を。

彼は昨日の風を、雨を知っていただろうか。
知っているなら、私を見て、私の身を見て彼は、昨日の風を、雨を思い出しただろうか。

私と彼の間に起きたこの出来事の意味は、彼にそして私に、昨日の風を、雨を思い出させることだろうか。
しかし、そのことに何の役目があるのか。


役目と役目の意味、意味と意味の役目。
そんなもの、無い。

でも、俺の上に居る、誰も気にも留めない彼。
あんな、誰も気にも留めない彼にも、役目があるのだ。

でも、俺の上で起こった、ほんのちょっとしたこと。
あんな、ほんのちょっとしたことでも、意味があるのだ。

だって、それ自体が役目で、それ自体が意味なのだから。

俺の役目も、意味も、ちゃんとあるのだ。



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