第102期 #3
晴海、君は覚えているだろうか。
君と過ごした三年間。中学という場所で、共に笑い、泣き、戦った、あの日々を…
幸夫は買ったばかりのいい薫りのする便せんに、傷だらけの小さなシャープペンシルで、そう書き連ねた。
僕は君のことが心から好きだった。愛していると書き記さないのは、僕の気持ちが、大好き、という言葉に近いからだ。
君の微笑みが、優しさが、そう、君の全てが好きだった。でも、一番惚れたものは何かと問われれば、僕は自ずと歌声と答えるだろう。合唱部で歌を唱うと同時に、胸を焦がしていた歌声。それが、君の歌声だ。
そう書き記すと、幸夫の脳裏に、音楽室の全景が浮かび上がった。晴海は、特別背の高い女の子ではなかった。それでもなお、ソプラノの中で自分の目に君がひときわ大きく映ったのは、晴海の歌声が美しく、同時に自分の彼女に対する想いが格別だったからだろう、と幸夫は思い返す。
君はもう、遠くに行ってしまった。家こそ近いが、卒業してから、いる世界も何もかも変わってしまった。
けれど、それでもまだ僕の胸の内にある想いは変わらない。
だから、君に伝えたいんだ。
君はいつでも笑いかけていてくれた。君はいつでも優しかった。君はいつでも僕を受け入れてくれた。
ありがとう
大好きだよ
手紙の末尾に自らの名を書くと、そっと幸夫はペンを立てた。その瞬間、自分の心に溢れていた想いが全て手紙に乗り移って、身体が軽くなったような気がした。
目の前にある手紙。それは幸夫が作った、三年の恋への、一枚の終止符。
「また、会えるよね。」
幸夫は小さくつぶやいた。シャープペンシルが、それに答えるように、コトッと微かな音を立てて倒れた。