第102期 #17
あてもなく放った一本の矢は、短い春休みのように素っ気ない放物線を描きながら、晴れた公園を歩く女の胸に突き刺さった。
「ごめん」
「いいの。でもあなたは夢と現実を区別することから逃げてる。それが不満なの」
女は映画のスローモーションのようにゆっくりと、時間を引き伸ばしながら地面へと倒れていく。
「君だって迷ってるし、映画のヒロインを気取ってる」
「私待ってるの。私を受け止めてくれる誰かをね」
僕は弓を放り投げると全速力で駆け地面スレスレに女を受け止めた。
「君はもう死ぬのか?」
女は胸に矢が突き刺さったまま、僕の腕の中で力なく春の空を眺めた。
「私多分死ぬから」
「ずるいよ」
僕は女を抱き上げて病院を探し、一番最初に見つけた産婦人科に駆け込んだ。しかし受付には誰もおらず、まるで野戦病院のように患者が溢れかえっている光景が目に入った。包帯をぐるぐる巻きにした人や点滴を腕に刺した人、そして時折心臓を引き裂くような叫び声。
「あのすみません」と僕は近くにいた看護婦に声を掛けた。「急患なんです、胸に矢が刺さってるんです」
看護婦は軽く溜め息をつくと薄っぺらいゴザのようなものを床に敷いて女をその上に寝かせるよう僕に言った。
「すぐに先生を呼んでくるから。悪いけど、ベッドも人手も足りないのよ」
それから五分程すると血まみれの、地獄から這い上がってきたような医師が現れた。医師は矢の刺さった女を一瞥するとハサミを取り出し、まるで変質者のように女の衣服を切り裂いていった。
「幸い、急所は外れているようだね」
医師は女の矢を静かに抜き取ると僕に手渡した。
「矢は乳房に刺さっていただけだ。感染症の恐れがなければすぐに退院できるよ」
隣にいた小悪魔みたいな看護婦が、地獄から来た医師の額をタオルで拭った。
「いったい何が起こっているのですか?」と僕は病院の状況を医師に尋ねた。「革命かテロでも起こっているのですか?」
すると医師は宇宙人でも眺めるみたいに僕を見た。
「そんな冗談はやめたまえ」と血まみれの医師は言うと立ち上がった。「彼女は妊娠しているようだね、母体に過度なストレスを与えぬよう気を付けなきゃね、お父さん」
医師は再び地獄へと戻って行った。
僕は一瞬手に持った矢を突き刺して女を殺そうかと思ったけれど、生まれてくる子供がこの世界に絶望する顔を見るのも悪くないなと思い、小さい頃天使から貰ったその矢を二つに折った。