第101期 #1
そこは、既に破棄されたトンネルだった。
怪談話にあるような、幽霊の出るトンネルではない。
『行きたくない場所へ行ける』トンネルと称された場所だった。
時刻は午後11時56分、もうすぐ日付が変わるという頃だ。
「行くか……」
トンネルの入り口脇に置いてあった岩から青年が腰を上げる。
このトンネルを利用するには午後11時59分にトンネル内にいる必要がある。
そして、成功した場合は身に着けている時計などの時間が止まり、次に出る時に午前0時となって『行きたくない場所』移動する。
青年は漆黒の闇が支配するトンネルに入った。
ある程度進み、携帯で時間を確認する。
57、58、59……
しかし、59分になったが秒は刻々と進んでいく。
「……失敗か」
そう思い、眼を離そうとした瞬間、59秒から動かなくなった。
青年は思わず生唾を飲み込んだ。
「行きたくない、行きたくない」
ある場所を思い浮かべ、そう呟きながら出口に向かっていく。
出口の一歩手前で一度止まり、深呼吸してから一歩進めた。
一瞬、眩暈がして腰を落としてしまった。
そして、顔を上げた瞬間、眼を疑った。
見えるのは一面の花畑、色とりどりの花で埋め尽くされていた。
そして、確信した。
「は……はは、はははははは」
腰を落としたまま青年は高々と笑った。
「来たぞ!来てやったぞ!」
憎くて憎くて仕方がなかった奴の元もとに……
本当は来たくもなかったこの場所に……
「俺が悪人代表だ!最善の人間め!」
青年は誰に言うでもなく高々と叫んだ。
「この天国のどこにいようが、探して、恨んで、憎んでやる!」
救いすら捨てた悪人は、来たくもなかった天国へやって来た。
まだ残りある命を捨てて、死者のための世界へやって来た。
かつての親友、最善の人間を目の前で侮蔑する、ただそれだけのために……
青年は立ち上がり、深呼吸をする。
清々しい空気に嫌気を覚えながら、人を探して花畑を進んでいく。
手に持つのは錆び付いたナイフ、最善の人間の、唯一の負の遺産だ。
「……待ってろよ」
青年はナイフを握りしめ、何処にいるかもわからない人の所に向かった。
ただ一つの目的を果たすために……