第100期 #9

茶柱

 リビングのパソコンで就活をしていたら、お袋が熱い日本茶を淹れてくれた。
 のぞいてみると、茶柱が立っていた。
 こりゃあ、幸先がいい。
 オレが内心喜んでいると、むかいのソファーでテレビを見ていた親父が湯呑みを見つめ、
「ワシ、長澤まさみと、どうにかなるかもしれん……」
 と呟いた。
 茶柱だった。
 そしたら、お袋も、
「あらあら、わたしもクイズの懸賞に当たるのかしら」
 とそわそわしだした。
 言わずもがな茶柱。
 それぞれが、それぞれの夢を膨らませていると、不意に玄関のチャイムが鳴った。
「ちはー、宅配便ですー。お荷物お届けにまいりましたー」
 札幌の叔父からだった。
 クール便で届いた発泡スチロールの箱をお袋が開けると、大きなカニがぎっしり詰まっていた。
「……カニか」
 即座に、長澤まさみとカニを天秤にかけた親父が、残念そうに天を仰いだ。
「あらあら、茶柱はカニだったのね」
 シュールなセリフをお袋が吐く。
 茶柱=カニ。湯飲みの中に浮いているのは、カニである。
 嘘である。
 と、バカなことを考えているうちに、3人の茶柱は、すべて叔父のカニということになってしまった。
 いやいや困る。それは困る。
 オレは日本茶を一気に飲み干し、すぐにおかわりをした。
 茶柱が立っていた。
 お袋は茶柱名人か!?
 湯飲みとお袋を交互に見ながら、その茶柱率の高さに戦慄していると、新聞受けになにかが配達された。
 封筒だった。朱書きで内定通知とある。
 茶柱、フライング。
 面接受けてないのに、内定出してどうするよ?
 一応、封筒にプリントされた社名を確認してみたが、まったく見覚えがなかった。だが内定通知には、たしかにオレの名前が書かれていた。
 複雑な顔でにらめっこをしていると、親父が脳天気な声でいった。
「めでたいじゃないか。茶柱のおかげだな」
「本当ね。茶柱からの素敵なプレゼントね」
 いやいや、いくらなんでもおかしいだろう……。
「オレ、こんな会社知らないよ」
「……」
 さすがに黙りこむふたり。だが、親父は切りかえが早かった。
「面接受ける手間が、はぶけたじゃないか」
「なるほど……って、あのねぇ」
 オレは慣れないノリツッコミのあと、たっぷり親父を非難したが結局、その会社に入社した。泣く子と不景気には勝てぬ。こうなったら、手違いだろうがなんだろうが利用しない手はない。そう思って入社した。
 で、わかったことが一つある。

 茶柱はカニだった。



Copyright © 2011 八海宵一 / 編集: 短編