第10期 #6

ダークネス

 暗闇が恐い。本当の真っ暗闇が恐い。それはそういう暗闇を、まだ見たことも感じたこともないからだろうか。 
 時々そんな暗闇に近づいてみたくなる。「みたくなる」というのは、何かに誘(いざな)われている気がしているからだ。
 家への帰り道のとある場所、終電の時間、誘いは突然やってくる。誰が決めたのか知らないが、決まってその場所なのだ。
 その場所というのは、家の近くの駅とショッピングモールとを繋ぐ橋で出来た道、つまり橋の上だ。特に面白い場所ではない。自分にとって特別な場所というのでもない。でも今のところ、その時と場所だ。
 道の両端には等間隔にいくつか電灯が立っている。「なんだ、暗くないじゃないか」とあなたは言う。しかしこの電飾溢れた都会において、「まったくの暗闇」に近いところはそう見つかるものではなく、ましてやそこを歩くとなると、身の危険もあるので、選択肢はおのずと少なくなってくるのだ。

 そう、その道を歩く。それも目を瞑って。

 道は広く、一家族が横一列に手を繋いで通っても、反対方向から同じ様に手を繋いでくる家族とは絶対にぶつからないくらいの幅は確保されている。なにしろショッピングモールへの道なのだから。
 電灯は立っているが、終電の頃にはショッピングモールの明かりも全て消え、モールの名前とその一部であるSEIBUの電飾、そしてそのいくつかの電灯だけになる。目を閉じてしまえばそこに明かりのあることはわからない。
 「誘われた」ことは自分が目を閉じていることでわかる。等間隔の電灯が消え、SEIBUが消え、橋が消えている。見える暗闇、見えない、暗闇。

 そして一歩ずつ進む。

 いつも思うのだけど、なぜあんなに恐いのだろう。一歩目二歩目は意識の外だが、三歩目、意識してしまったが故に眼球の奥の暗闇は一気に襲ってくる。足下がふらつく。四歩五歩、態勢を立て直そうとするが首の後ろが締めつけられる。両手がそわそわし、何もかもに耐えきれなくなる!

 実を言うと、十歩以上目を瞑りながら歩いたことはない。臆病者なのだろう。

 目を瞑るとそこに奥行きみたいなものを感じる。そしてその奥には「本当の暗闇」が潜んでいる。いつもはそんなものには気づかない。でも目を閉じれば、そこにそれをありありと感じることができる。実態はわからない。でもそこにちゃんとある。

 時々、そういうものに近づいてみたくなる。誘われている。



Copyright © 2003 マーシャ・ウェイン / 編集: 短編