投票参照

第66期決勝時の「なし」票です(3票)。

2008年4月8日 21時48分28秒

 自分が決勝に残っていようがいまいが、好きな作品には投票してるんですが、今期はどうも最初からどんぐりの感が否めず、決勝もなしとします。すみません。

 好みで言えば「海退」なんですが、最初の感想の通り、その作風からすればもっと「に」の使用箇所に気を配って欲しかった点と、ちょっとかっこつけすぎな雰囲気がにじみ出てたというところで選びきれませんでした。こういう話は主人公に、もっと泥臭い雰囲気があってもよかったのではないかと思いました。前回の「うどん」の話のほうが断然好きです。「自宅と職場に引き籠っていた」という文章は、心情が端的に表現されていて私はすごくいいと思いました。そういう気持ちは共感できます。閉塞感。外へ出ていながらつながれている感じの。

 「らくだと全ての夢の果て」は、らくだという素材を使うなら、もう少しこちらの五感を刺激して欲しかったなと思いました。動物のそばにいる雰囲気をもっと感じたかったです。私は現在犬と暮らしているのですが、動物のそばにいるといろんな感覚が刺激されます。触感であり、臭覚であり、普段はあまり意識して使われない感覚を彼らは呼び起こしてくれます。そういう点がもっと書ききれていれば、らくだの命が尽きていく様がより鮮明に、またそのセリフがより深く読者に届くのではないかと思いました。全体的にはいしいしんじを思い出します。

 「さあ、みんなで!」は面白かったです。純粋に。猿飛佐助が出てくるあたり、ハンニャくんの年齢をあやふやにさせますね。いくつなんだか。それはさておき、作品全体の感想としては、作者の言葉を借りて言うならはしゃぎっぷりが若干弱かったかと。最近のハンニャくんは手堅くまとめる力を手に入れてしまったようですが、個人的にはもっとはしゃいでもいいのになと思います。

 自作についてはご意見もちょうだいしていますので、今期が終わったら掲示板にお返事させていただきたいと思います。テーマは黒田さんご指摘の通り「日常の動作で感情の起伏を表現する」というものでした。

参照用リンク: #date20080408-214828

2008年4月8日 21時27分23秒

選べない(川野)

参照用リンク: #date20080408-212723

2008年4月4日 1時40分19秒


「小あじの南蛮漬け」

 最初の段落は、とてもいい。テンポよく読みすすめられる。問題は、コテツで、犬に対して洗濯ばさみに神経を尖らせる、という夫は、性格が細かい、では説明が付かない気がする。赤ん坊ならばわかるが、犬ではね。しかし、そういうこともあるかもしれない。しかし、もっと説得力のある他のエピソードにした方がいいと思う。
「冷蔵庫から小鰺……」の段落は、最初の段落のテンポからすると、進行が遅く、読んでいいてダレた。細かい解体の描写は、夫への怒りの表現だろうか。
 不意にあらわれる、プレゼント。血にまみれた手は拭われ、犬の待遇は戻り、内蔵はピニール袋へ。一応、すべてが丸く収まり物語は終わるが、実のところ、この「私」は全く納得していない。
「血でくすんだ小鰺の体へ水を流すと、空っぽの腹が銀色に光る。その目はまだ、波の狭間の太陽を見ている」
 空っぽの腹の、その目は、つまり、犬に嫉妬する妻は、太陽を見ている。犬がやってくる前の、腹にはまだ内蔵がつまっていた、海で自由に泳いでいたときのように。
 そのことを、この作者は自覚していない。
 題材は悪くないと思うし、料理の仕方もなかなかではある。とはいえ、ひとつひとつのエピソード(洗濯ばさみと犬、鰺の描写、贈り物とプロポーズした日)にリアリティがない。
 そして、もうひとつは夫の存在(および犬の存在)がじつは希薄だということだ。夫婦の関係も不明だ。ここには「私」しか、存在していない。
 その「私」も贈り物をもらって、渋々ながら、許してしまう。それがほとんど人の生活だろうし、「私」は普通の人だ。けれども、それはリアルではあっても、物語の魅力にはならない。なぜなら、「私」は普通の人間である、ということを自覚していないで、この物語を書いているからだ。
 たとえば、イングリッシュローズの鉢植えを、「私」が怒りに任せて、たたき割ったとしたら、どうだろう。そのとき、夫はどんな反応をするのだろうか。夫の反応と「私」の態度や行動によって、夫の人間性、夫と「私」の関係、「私」の屈託が一度に活写されると思われるのだが、一度、考えてみてはどうだろうか。作者に提案したい。

「らくだと全ての夢の果て」

 ずいぶん大切な友達のはずだが、「名前は知らない。聞き取れなかったから、それで良いと思った」冷たいのか、淡白なのか。
「ああ、今、全ての夢が蘇ろうとしている」
 どうして、そうなるんだろうか。皆目、分からなかった。
 星の光が、夢の光ということでしょうか。すみません。感性が合いませんでした。

「海退」

「自宅と職場に引き籠っていた間」
 細かいが、ふつうは引き蘢っているとは言わないだろう。
「春先の黄ばんだ空が目に焼きついたせいか、補色である青の深まりを見せる現在の空が、濃度をさらに増して黒に近付いていくことを、なんとなく腑に落ちるように理解できるなら、海が遠ざかるより早く波打際に辿り着くべきだと結論を見出せる」
 悪文。推敲が必要。さすがにこれは個人的な好みではないだろう。わざとやってるとしたら、読者を煙にまこうとしているのか。
「助手席に乗り込むと、日焼けした初老の運転手は、海辺の町に帰るところだと言った」
 ここは、すばらしい。最後の一文で、この小説の格が上がった。「短編」では、最後が決まるとその前がダメでも、票がもらえることは、よくあること。逆に言えば、やはり、シメの言葉は大事ということ。
 この最後の一文を読んで、面白いな、と思ったが、読み直してみて、とりたてて面白いわけでもないが、最後の初老の運転手の存在が物語に深みを与えていて、誤摩化されていたと感じた。

「さあ、みんなで!」
 面白いといえば、面白いかな。文章を読むのに苦はないし、どんどん読める。猿飛佐助である必要もないが、まあ、それはいい。結局、はっきり面白かったと思えなかったのは、オチがよくわからなかったということが大きい。どういうことですか?

 未完成であっても、あるいは欠点があっても、なにかしら心を動かす、あるいは素直に楽しめるもの、候補の中で比較的記憶に残るもの、に投票してきましたが、今期の決勝は残念ながら、該当なし、とさせていただきます。

参照用リンク: #date20080404-014019


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