第81期 #32

中一

 思春期の男子とは至極面倒な生き物だ。第二次性徴が始まって以来、胸の中は性欲がどろどろ渦を巻き、それでいて頭の中は詩人の如き清潔な感性が咲き乱れている。そうした鬩ぎ合いの中で、男子は大人になっていく。
 昼休みの教室に男子が一人。平岡崇、十三歳。遊びにも行かず机に肘をつき、窓の外を眺めて物憂げにため息をついている。
「崇、コンドームって知ってる?」
 二人の男子がやって来るなりそう言った。崇は彼らを一瞥したきり窓の外に視線を戻し、うんざりした様子で鼻から息を抜いた。
「アメリカの最新コンピューターが収められたドームのことじゃないんだぜ!」
「うわ、それスゲーありそう!」
 二人は崇の真横ではしゃいだ。食事中の女子数名が露骨に嫌な視線を投げている。
「なあ崇、知ってるか?」
 繰り返されて崇はようやく彼らに向き直った。
「僕らには最も縁遠い存在のひとつだよ」
 二人はようやく崇の異変に気づき、怪訝な顔を向けた。
「お前、どうかしたか?」
 崇は友人を見上げて、小さな声で答えた。
「僕はね、嫌になったんだ」
「何が?」
 やれやれと呟きながら崇は首を振った。
「こんなにも醜い、人間の営みというものがだね、嫌になったのだよ」
 言い終わると崇はため息をついた。
「ふーん、そうか」
 二人はそう言い残すと教室からそそくさと出て行ってしまった。
「あ……」
 崇は二人の背中を追って間抜けな声を出した。もっと詮索してほしかったのだ。
 友人が消えたドアの近くに、数人の女子が群れていた。それが目に入るや崇は顔を顰めて元の姿勢に戻った。改めて昨夜の光景を思い出す。
 崇は見た。初めて裏ビデオを見た。そして隠されていた真実を知ったのだ。
 朝が来ると全てが違って見えた。特に女性が違って見えた。
 崇は教室を見渡した。クラスのマドンナ南さん、幼なじみの沙弥、そして思いを寄せている佐倉さん。みんな、あんなものがついているのか。
 窓の外に視線を戻し、崇はため息をついた。嫌だ嫌だ、人間なんて嫌だ。
「おーい、何してんだ?」
 廊下から男子の声がした。
「ほら、コンドームだよ!」
 さっきの友人が声を張り上げている。ぼんやりと聞きながら崇は思う。そういうことは金輪際嫌だ。これからは仏のように生きよう。
「コンドームに水入れてるんだよ!」
「すげえ、まだ入るぞ!」
 廊下は大勢の男子で賑わい始め、誰かが叫んだ。
「みんな早く来いよ!」
 崇はもう駆け出していた。



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