第6期 #6

猫でいて

「もうテレビつけっぱなしで」
 恵美はそう言ってお盆を置くと、テレビを消した。そしてコタツの上で俯せになって眠っている娘の亮子を揺り動かす。
「こんなところでうたた寝しないの」
「うーん…」
 そうしてまた寝入ってしまう娘に溜息一つ。恵美は自分もコタツの中に入り、運んできた二つのココアの内、一つを手に取る。
「自分が飲みたいって言ったくせに…」
 ぶつぶつ呟いて湯気の漂うそれに息を吹きかけていると、どこからか子猫が「にゃあ」と体をすり寄せてきた。「あらあ」と恵美は声を出す。
 その子猫は、普段独り暮らしをしている亮子が拾ってきたものだ。でも彼女には到底世話する時間がないので、年末の帰省に合わせてこちらで預かることとなった。
(ダンボールに入っていた捨て猫だったんだけど)(見捨てられなかったの)
 我が子の優しい言葉を思い出し、恵美は顔を綻ばせる。ああいうところは昔と変わらない。そう考えてしばらく子猫を撫でていると、小さいそれは彼女の膝の上で丸くなり眠ってしまった。その様子に微笑んだ後、恵美はふと同じく眠っている亮子を見る。

 ほんの少し前まで子供だったのに、今ではもう化粧をした立派な大人の女性になっている。そのことが恵美に少しやるせなさを抱かせた。
 別段子供を育てたことに後悔があるわけではない。育てていく間、自分の顔に皺が刻まれる苦労はあったけれども、むしろそれを上回る楽しさが一杯で。一杯だったから。
『時間は誰にでも平等に。いつか家族が解体する時まで』
 子供は巣立つもの。だけれど、そう考えると恵美は切なくなった。
 亮子はいずれ新しい家族の一員になっていたりするのかもしれない。でもその時には自分の育てた「娘」は存在せず、「母親」がいるだけ。
 そのことが、ただ、淋しい。

(いっそ猫でいてくれればいい)
(そしていつまでも、傍に)

 そんな馬鹿なことを本気で考えて、またココアを一口、すする。何かの衝動をぐっと堪えて、恵美はもう一度娘の顔を見た。

 亮子が目を覚ますと、正面で俯せになって眠っている母親の姿があった。そういえばと、眠る前まで自らの近くに居た猫を探すと、母親の膝の上にそれらしい毛玉を発見。そのまま横の席に座る。
 そして。何かに気づいたように母親の白髪に指を沿わせ、亮子はしばらく動かなかった。やがてゆっくりと子猫に視線を落とし、最後には冷めかけのココアに手をつけて、「にゃあ」と鳴いた。



Copyright © 2003 朽木花織 / 編集: 短編