第48期 #10
月齢七.五、一月の終わりに校庭の門を乗り越え夜の学校へ侵入すると、君は屋上に立って何かを見上げていた。半月の光に照らされてすらりと伸びたその影を見て、ぼくは弾かれたように走り出す。君はぼくの動きに気付かないまま膝をすっと曲げて筋肉に意思を走らせるとそのまま夜空へ飛び込んで行く。
君との距離は高さ十五メートル幅十メートル。間もなく三角形の鋭角は臨界点に達する。放物線の頂点で一瞬静止した君はまるで絵の一部になったよう。けれどそのポートレートはすぐに消えて引力が君の身体と手を繋ぐ。始めはゆっくり、半秒もすると疾風になって、校庭の砂利に向かい君は降下して行く。ぼくは身体に鞭を入れて更に走るスピードを上げる。
四階から三階へ降りて行く君の姿が窓ガラスに投影されては消える。加速度のついた小さな身体に迷いは微塵も無い。顔は見えないけれどきっと穏やかなんだろう。ぼくは、その平穏を邪魔してでも受け止めてやろうと思う。三角形は二等辺に近くなり、ぼくの頂点が鋭角になり、平べったく潰れて君の身体を壊そうと企み始める。
君が二階に差し掛かった辺りで間に合う事を確信して軟着陸を成功させるため最後の仕上げに入る。左足を水平に差し出して半月型に回り込むようなスライディングを決めて、背中を砂で汚しながら君の真下にクッションをくれてやる。
衝撃が走って目の前に星が飛んだ。そして君がぼくの上に折り重なって倒れたことを知り安堵する。それと一緒に腕と足と肋骨とどこかが砕ける感触が全身に伝わって、痛みとカタルシスの合間に放られた自分が何者なのか見当識を失ってまた視界が星に覆われる。
一瞬君の顔が目に入った。呆気にとられた表情は愕然としたものに変わり、それでも慌てて携帯か何かを取り出そうとしながら僕に声をかけてくる。僕はその顔がすごく可愛いなんて思いながら気を失って、それからぼくと君はまだ出会ってもいないのに、夢の中で君に叱られている。起きたら何かあるのかな。