第289期 #1
小さい頃、病床の叔父に尋ねた。
「海がしょっぱい理由を知りたいの?」
彼は背上げしたベッドの上で熟考していた。
とても深く考えている様子だった。
窓際の光の中で、真剣な横顔が格好良いと思った。
叔父はみんなに優秀と言われていて、そして誰よりも優しい人だった。
理由を考えている時不意に息を詰める様子があったけれど、その表情は楽しげに見えた。
ベッドの横へ座る私に、
「海の遠い遠い先でね、大きなスプーンを持った手がたくさんの塩を海に入れてかき混ぜているんだよ。だから海の水はしょっぱくて、それに波もあるんだ。」
穏やかな表情でそう教えてくれた。
その翌週に、叔父は鬼籍に入った。
今でも私は波打つ海や海水の味を感じると、あの時の叔父の言葉や表情を思い出す。
そういえば、叔父は海洋物理学者だった。