| # | 題名 | 作者 | 文字数 |
|---|---|---|---|
| 1 | 例えば | OS | 1000 |
| 2 | 冷蔵庫と妹と、二週間の出来事 | euReka | 1000 |
窓辺のカーテンが揺れる。真っ白なルーズリーフを置いた勉強机の前で、少女がぼうっとしている。シャーペンを持ったまま、例えばとつぶやく―
例えば、例えば、先生の奥さんは…。奥さんは、黒髪で真っすぐでさらさらしてる。眼鏡をかけていて、笑うと目が三日月になって、微笑んでいる。薄桃色のTシャツに白いパンツをはいている。同じ大学でゼミが一緒で、学生結婚した。収入が安定するまで、 二人は力を合わせて生活してきた。節約料理が上手で、 自家製パンや野菜の皮も味噌汁の具にする。先生の実家に同居しても、先生の両親と仲良く、献身的に働いている。先生は奥さんに頭があがらない。息子が高校生になってから、時々、二人は早朝の海に出かける。その時は、麻のワンピースを着てゆく。誰もいない海辺を、肩を並べて歩く。先生は奥さんの手をつなぐ。遠い水平線を見ながら、流木に腰かけて、お弁当を食べる。二人は最近あった事、これからしたい事を話す。
例えば、例えば、先生の奥さんは、茶色の長い髪を巻いている。髪はふわりと揺れ、花柄のワンピースを着ている。唇は真っ赤なルージュで、笑うと目元が明るくなる。玄関でヒールを履きながら「天気どうだっけ」と聞く。先生とは社内恋愛だった。奥さんはよく笑い、表情がころころ変わる。同僚に差し入れしたり、生徒の相談にのったりする。仕事に誇りを持ち、忙しくても楽しんでいる。そんな部分に先生は惹かれた。息子は留学中だ。金曜の夜は、先生が夕食を作る。チキンが焼けるまで、二人はベランダに出る。街の灯りを眺めながらワインを傾け、教育や生徒の事を話し合う。食事のあとは映画を見る。先生の腕にもたれながら―
でも、わたしは学校に行けない。面倒臭いし疲れるしで、部屋で溶けている。半熟のまま、週に何度か来る先生を待っている。んんと唸り、ルーズリーフに思いついたまま書き殴り、無言で折って、紙飛行機にする。「さよなら先生」と声に出して窓から投げると、ひゅっと飛んで行った。
♢
その紙飛行機は、少年の前に落ちた。スマホの地図を見ていたら、足に当たった。開くと「これは好意ではありません」とだけ書かれていた。何なんだ。近くの住宅を見る。窓からレースカーテンがそよいでいる。あの家なのか? 歩きながら困惑する。例えば何だ。例えば、例えば、窓辺のカーテンが揺れる。真っ白なルーズリーフを置いた勉強机の前で、少女が―
ある朝、私は変な夢から覚めると、自分が冷蔵庫になっているのに気づいた。
目が覚めたのは、一緒に住んでいる妹が、牛乳パックを取り出すために冷蔵庫のドアを開けようとしたときだった。
「あれ、なんかドアが固いんだけど」
妹は、朝起きると牛乳パックから直飲みするのが習慣になっているから、妹用と、私がたまに飲んだりする牛乳パックは別に用意してある。
「あ、やっと開いた。ぐびぐび……はぁ。でも、ちょっと足りないから兄さんの牛乳も飲んじゃえ!」
私用の牛乳パックを直飲みする妹の頭を叩こうとしたが、私は今、ただの冷蔵庫なので手を出すこともできない。
「そういえば、兄さんは早起きしてキッチンで朝ごはんを作っているはずなのに……、今日はどうしたんだろう?」
妹は、私の部屋や、家じゅうを探したが私を見つけることはできなかった。
「え、どういうことなの! 朝ごはんは?」
妹は少しパニックになっていたが、とりあえず食パンを咥えながら学校へ行った。
私は、自分が冷蔵庫になってしまった状況をどうしたらいいのか、いろいろと考えてみた。
でも、今は冷蔵庫でしかないから、食品を冷やすこと以外には何もできないという結論に至って、絶望した。
「ただいまー」と言って妹は学校から帰ってきたが、やっぱり私はどこにもいない。
「まあ、兄さんにもいろんな事情があるだろうし、そのうち帰ってくるでしょ」
妹はそう言うと、三十分ぐらい家から居なくなったあと、コンビニのレジ袋を持って帰ってきた。
レジ袋の中身は、牛丼と、ポテトチップスと、一リットルの牛乳パック。
妹は、スマホをいじったりしながら、二時間ぐらいかけてそれらをすべて消費した。
「ぐはっ……、兄さんがいないから牛乳を飲みすぎちゃったけど、また買いにいかなくちゃ」
妹は、とにかく食料を調達するのに必死で、一週間もすると、食卓の周りは弁当殻や、牛乳パックや、お菓子の袋が散乱する状況になった。
私が冷蔵庫になってから二週間ぐらい経ったとき、妹と一緒に、同じ学校の制服を着た女の子が家にやってきた。
「お兄さんこんにちは」と、その少女は冷蔵庫の私に言って、お札のようなものを貼ったあと呪文を唱え始めた。
すると私は、冷蔵庫の中から空気のように抜けていき、何だかよくわからないけど二週間ぶりに人間の姿に戻ることができた。
「彼女が妙に暗い感じがしたので無理に家まで来てしまいましたが、よかった」