第288期 #1

例えば

 窓辺のカーテンが揺れる。真っ白なルーズリーフを置いた勉強机の前で、少女がぼうっとしている。シャーペンを持ったまま、例えばとつぶやく―

 例えば、例えば、先生の奥さんは…。奥さんは、黒髪で真っすぐでさらさらしてる。眼鏡をかけていて、笑うと目が三日月になって、微笑んでいる。薄桃色のTシャツに白いパンツをはいている。同じ大学でゼミが一緒で、学生結婚した。収入が安定するまで、 二人は力を合わせて生活してきた。節約料理が上手で、 自家製パンや野菜の皮も味噌汁の具にする。先生の実家に同居しても、先生の両親と仲良く、献身的に働いている。先生は奥さんに頭があがらない。息子が高校生になってから、時々、二人は早朝の海に出かける。その時は、麻のワンピースを着てゆく。誰もいない海辺を、肩を並べて歩く。先生は奥さんの手をつなぐ。遠い水平線を見ながら、流木に腰かけて、お弁当を食べる。二人は最近あった事、これからしたい事を話す。

 例えば、例えば、先生の奥さんは、茶色の長い髪を巻いている。髪はふわりと揺れ、花柄のワンピースを着ている。唇は真っ赤なルージュで、笑うと目元が明るくなる。玄関でヒールを履きながら「天気どうだっけ」と聞く。先生とは社内恋愛だった。奥さんはよく笑い、表情がころころ変わる。同僚に差し入れしたり、生徒の相談にのったりする。仕事に誇りを持ち、忙しくても楽しんでいる。そんな部分に先生は惹かれた。息子は留学中だ。金曜の夜は、先生が夕食を作る。チキンが焼けるまで、二人はベランダに出る。街の灯りを眺めながらワインを傾け、教育や生徒の事を話し合う。食事のあとは映画を見る。先生の腕にもたれながら―

 でも、わたしは学校に行けない。面倒臭いし疲れるしで、部屋で溶けている。半熟のまま、週に何度か来る先生を待っている。んんと唸り、ルーズリーフに思いついたまま書き殴り、無言で折って、紙飛行機にする。「さよなら先生」と声に出して窓から投げると、ひゅっと飛んで行った。


 その紙飛行機は、少年の前に落ちた。スマホの地図を見ていたら、足に当たった。開くと「これは好意ではありません」とだけ書かれていた。何なんだ。近くの住宅を見る。窓からレースカーテンがそよいでいる。あの家なのか? 歩きながら困惑する。例えば何だ。例えば、例えば、窓辺のカーテンが揺れる。真っ白なルーズリーフを置いた勉強机の前で、少女が―



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