第284期 #1

例の名前

「監督!」 アシスタントが困惑した表情で部屋に入ってきた。 「新しいドラマシリーズですが、困ったことになりました。脚本にある架空の町の名前、もう使えません。行政調整の結果、その名前の町が実際に誕生してしまったのです」

監督は椅子に深くもたれかかり、首を傾げた。 「そして、」アシスタントが続ける。 「劇中の架空の大学名も使えません。まったく同じ名前の私立大学が認可され、設立されたのです」

「それは弱ったな。事件の舞台はその町だし、探偵の出身校はその大学だ。急に脚本を変えたら、すでに放送した前作の部分と矛盾してしまう」 監督は渋い顔でタバコをくゆらせた。 「……まあ、いい。数日間、その問題を練るとしよう。脚本は一旦そのままで進めてくれ。下手に実在の団体名を使うと、風評被害だと騒がれかねないからな」

数日後、監督は名案を思いついた。 「わかったぞ。これなら文句は出まい。町の名も大学の名も、いっそ記号にしてしまおう。どこにでもある『Z市』の『X大学』だ。これなら現実と被る心配はない」

しかし、報告を受けたアシスタントの顔は、以前にも増して青ざめていた。 「監督、それが……ダメなんです。先ほど総務省から通達がありました」

「今度はなんだ」

「行政のデジタル化を推進する一環で、例の新しい町は、事務処理を簡略化するために正式名称を『Z市』に変更したそうです。そして例の大学も、広報戦略として略称を正式な登記名とし、今日から『X大学』になりました」

監督は驚きのあまり、吸いかけのタバコを灰皿に落とした。

「……何なんだ、そのスピード感は。嫌がらせか?」

「いえ。お役人の話では、『ドラマの知名度にあやかって名前を寄せた方が、ふるさと納税も志願者数もバズるから』だそうです」



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