第264期 #5
箱ティッシュの最後の一枚に、『わたしはここに存在します』という文字が書かれていた。
一センチほどの活字で印刷された文字だ。
私は鼻をかみたかったが、その一枚を使うのはためらわれたのでトイレの紙で用を済ませ、あらためてそのティッシュを眺めてみる。
もしかすると箱の中に何かがあるのかと思って、中を覗いたり、カッターで箱を切り開いたりしてみたがとくに何も見つからない……。
急に話は変わるけど、十年後に戦争が始まって、私は戦場で銃を握る毎日を過ごしていた。
「そいつ童貞のまま戦場で死ぬのは嫌だっていうからさ、じゃあ絶対死ぬなよって励ましてやったんだよ。そしたら、戦争がなくても女性と出会う機会がなかったら童貞のままだって泣き言をいうから、俺も立派な童貞だから心配するなって言ってやったら、そいつクスッと笑って、三時間後に頭に銃弾くらって死んじまった。これって笑い話になるかな? 戦場にずっといると、何が笑えるのか分からなくなってさ」
そんな話をする兵士の首に掛けられたタオルには、よく見ると『わたしはここに存在します』と印刷されている。
私は急に十年前の記憶を思い出し、タオルを彼の首から取り上げて、いったいこの文字は何なんだと詰め寄った。
「まあ落ち着けよ。『わたしはここに存在します』ってフレーズ、昔ネットで流行ったよね?」
知らない。
「ティッシュにその文字が印刷されていたら、地球一周旅行が当たるとか、一兆円貰えるとか……」
「はあ、十年も前のことですし、当社では過去にも世界一周旅行などのキャンペーンはないかと」
ティッシュの会社に電話すると、オペレーターの彼女は困惑したように対応する。
「勝手な想像ですが、『わたしはここに存在します』とは、社会からの疎外や孤独を訴えるもので、世界一周旅行とか一兆円では埋められないものでは?」
私は今戦場で戦っていて明日死ぬかもしれないのです。ただ、言葉の意味を知りたくて。
「わたしも今夜、あなたのことを考えながら眠ります。どうか心を落ち着けて……」
戦争が終わった後、『わたしも今夜、あなたのことを考えながら眠ります』と印刷されたTシャッツを着た子どもが焼け野原の街を歩いていた。
オペレーターの彼女はどうなったのか子どもに聞くと、空襲で黒焦げになって死んだよと。
ははは、これは笑える話なのかよく分からなかったが、私は地面に寝そべって痙攣しながら笑い続けた。