第254期 #4

時代

 百貨店前の噴水が待ち合わせ場所だった。小さな広場で、壁や塀に沿ってぐるりとバラが植えられ、秋なのに薄桃色の花が八割ほども咲いていた。ささやかなバラ園のようで、百貨店の気品を強調するようによく整っており、僕には過剰に見えた。
 古希を迎える祖母にプレゼントを買いたい、というのが彼女の申し出だった。これが初デートとなるわけで、よそゆきの服の皺を気にして立っている僕は、上品な広場の雰囲気には馴染んでいるのだろうが、茶番に加担しているようでむず痒い。
ーーおばあちゃん、去年転んで、もう歩けないんだけどね、百貨店がお気に入りだったんだって。
 昔ならいざ知らず、この都会かぶれした百貨店が賑わっているところは見たことがない。上層にある書店目当てに足を運ぶときは、いつも客より店員の方が目につき、がらんとしたフロアの煌びやかな照明に羞恥を覚えるのだ。入店も初という彼女に惨めな思い出は作らせまいと、事前にフロアマップなど検索してはみたものの、特別楽しげな売り場があるようには見えず、そもそも買い物を楽しむ習慣がない僕はすぐに参ってしまった。
 晴天で、重たげに蕾を開くバラの花も、その下に茂る緑の葉も、大人しい色彩でいながら明るかった。黄色い蝶が一匹、花の世話でもするかのように忙しく飛び回り、時折、光を散らして水を吹き上げる噴水の音に翅を乱している。
 定点にいると、それなりに人の出入りはあることがわかった。年配者ほど身なりが洒落ていて、百貨店に対する価値観の変遷をダイジェストで眺めているような気分になる。たまに見る若者はジャージ姿だったりする。だから彼女が清楚なスカートを揺らして現れたときはちょっと目が眩んだ。
「わ、本当に咲いてる」
 彼女は僕との挨拶もそこそこに、スマホで薄桃の花たちを撮り始めた。
「この時期に、珍しいね」と僕が窺うように言うと、彼女ははにかみながら肩をすくめ、
「開店したのが秋だから、秋薔薇なんだって」
 そういえば、来週から開店記念祭だとネットに書いてあった。
 彼女も青空に明るく映えた。黄色い蝶がひらひらと、花と間違えたように彼女の周りをひと回りしていった。僕は、自分がしょうもない考えに囚われていたことに気づき、顔が熱くなった。よそゆきの服に皺が寄ってないかこっそり確かめる。
「……良いプレゼント、見つけてあげような」
 何よりもまず大事なことだ。
「うん!」
 彼女は花みたいに笑った。



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