第200期 #16

そこに怪物はいる

 奴は大化の元号と共にやって来た。深い谷から姿を現し、最初は一枚の田を襲った。米を喰い尽くし腹を満たすと、荘園を治める領主を襲って、脳をNoと言わせずに乗っ盗った。
 姿はアメンボの態(なり)をしていたが、その体高は七尺と大きく、竿のように長い足を伸ばすと二丈余りに広がった。その巨躯を領主だった者の頭の上に乗せ、光を吸い込む真っ黒な瞳でいつも人間を見下ろしていた。床の前で操る体を厚い座布団に座らせ、家中に命令をしていた。
 領主の体は欠かさずにキセルを吹かしていた。奴はその紫煙を吸い込み、自分の卵の養分としていた。必要な身振りは領主の体にさせ、養分を摂って卵を産むことに専念していた。奴自身は巨躯だが卵は小さく、白くて米粒と見分けがつかなかった。卵は収穫された作物に混ぜられ、一緒に宮古に納められた。
 時は令和、奴は活動を息長く続けている。村では米、麦、蕎麦を生産している。年中、それを村から無数のトラックが運び出している。
 奴の卵を食べた人間は少しずつ気力を失っていく。頭まで沸けば「アベ政治を許さない」などと言って、同じ言葉を繰り返すようになる。催眠術を掛けられたように、自分と他人の意思に境がなくなり、いつの間にか操られていることに気付かない。意見を同じにし、その中にいることで、何かに属することに生きがいを得る。
 全ての人間が奴の虫を体内に飼っている。気付かずに卵を摂取し、育て続けている。多寡に差こそあれ、体内で数を増やし、あなたも嫌な虫に吹かれるのを感じることがあるだろう。そいつはあなたの気力を好物にして育っていく。すると人間はだんだん、夢を持ったり、自分の道を進もうとしたりすることに、気力が注げなくなっていく。そんな時は、今も領主の躯の上でこちらを見下ろす奴の姿を思い起こせ。真っ黒い瞳が今もあなたを見ている。屈しようとするあなたを、もの言わず奴は見下している。
 人間よ。抗え。負けるな。臆病風という怪物に。



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