第184期 #14

 祝日。
 家の玄関扉のねじを締めていた。ゆるんでいたから。
 奥さんと娘が帰ってきた。近所の奥さん実家から。
 娘の手に新しい携帯ゲーム機。
 私は奥さんに言った。
「またか」
「またね」
「すぐに買うと交渉力が育たない」
「八歳児に交渉力?」
「子供は小さい大人」
「天使」

 ホームドラマ。
 かつてほどの夫婦愛がない。
 子はかすがい。
 家は奥さん資産。ゆえに私は奥さん一家に頭が上がらない。
 悲喜こもごも。私の家庭劇。

 玄関扉のねじがまたゆるんでいた。
 奥さんが言った。
「幽霊」
 奥さんの私見:元家主の伯母夫婦は自殺だった。海外移住で空家だったのではない。言いづらくて黙っていた。幽霊になった伯父がねじを悪戯したのでは?
 私はねじを締めながらその話を聞いていた。思いたってねじを締めるのではなくゆるめてみた。ゆるめてねじを抜いた。
 長さ一センチ足らずのねじ。そこには油がうすく塗ってあった。潤滑油。ねじ山の切りこみに糸がぐるぐるとたくさん絡んでいた。糸ではなくて毛だった。
 白髪。
 毛を指でつまみ取りのぞく。毛を地面になすりつける。ねじを締めなおした。
 私は言った。
「君のお母さんの白髪じゃないか?」
「そんなはずない」
「けけ」
 娘が割りこんできた。

 げに不可解なイエ制度。結婚すれば漏れなく相手の家族がついてくる。全人生に他人が付着する。
 家をもらって儲けた。引換に奥さんの両親が大きな顔をした。娘は毎日のように実家に通う。
 ある晩のこと。家の居間で奥さんとお酒を飲んでいた。
 奥さんが娘への買い与えグセを直すと言ってくれた。
 私は理由を尋ねた。
 奥さんが言った。
「あなたはねじのゆるみに気づくほど神経質」
「うん」
「それにはいつもイライラ」
「うん」
「だからあなたの言葉にはうなずけない」
「うん」
「でも子供の前でケンカは嫌」
「うん」
「だから譲歩」
 いま論理が飛躍した。私は娘の交渉力について問題提起していた。なのに問題は、子供の前でのケンカに対する好悪にすり替えられた。
 この家系はいつもそうだ。本質をいつもぼやけさす。正しいか間違っているかは基準外。好きか嫌いかが物事の判断基準。
 娘があらわれた。
 私に呼びかける。
「お父さん」
「なに?」
「お母さんをいじめないで」

 奥さんが答えた。
「大丈夫だから」
 娘が奥さんの膝に駆け寄よった。
「私は神経質なお父さんを世間から守るために結婚したから」
 奥さんは早口で娘に説明した。



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