第181期 #10
死者の肉体から生えた花にちょこんと腰かける彼女は蝶だった。彼女はマティーニを花びらの先に置き、きらびやかな羽から星のような粉をくゆらせて蜘蛛に流し目を送った。蜘蛛はそそくさとねぐらから起き出してヤママユの皮を目深に被り直すと、一本足の丸イスに腰かけて膝の上に紙芝居を乗せ、牢の格子のような網越しに彼女と向き合った。
さてもみにくい きらわれものは ひとりやみよに あみをはる
あるひかかるは みしらぬほっぺ ほしをふらせて いのちごい
ぽっかりと あみにあくあな ひくほしもよう からめとられて こいもよう
ここではないどこか別の世界の別の場所では父と母が首を縄で繋がれていた。口にはガムテープ、後ろ手に結束バンドというお決まりのスタイルで拘束。物干し竿に掛けられ、つま先立ちになるよう足下に数冊の本が積まれる、俗にいう一蓮托生タイプの拷問だ。
リビングでは金髪の男がウォッカ製の缶チューハイをプシュっといわせ、苦しむ夫婦をツマミにぐびりと喉を鳴らしてうまそうに一杯やっていた。部屋のかたわらには幼い兄妹が下着姿で正座をさせられている。
いきまいた ふうふのはらわたちをしぼりとり あわれなひびきのいのちごい
にがしてうみなおさせればよいと あとのまつりの ちのにおい
幼い兄は金髪の男の命じるまま母を蹴った。母は足を滑らせて、反動で父の首が吊り上がった。父の顔はみるみる赤く染まり上がり、妹は泣きじゃくった。慌ててしまってうまく本を積み直せない母を見て男は笑い転げた。
死体に咲く花に別の蝶が舞い降りた。蝶たちは蜘蛛の目の前で舌を絡めたキスを交わす。グラスが落ちて粉々に砕ける。彼女は蜘蛛から発せられる嫉妬と羨望と性的な興奮とを感じていた。どんなに手を伸ばしても届かない、だからこそなのだ。
兄は笑い転げる男の腹に包丁を突き刺した。男はきょとんとしていた。続けて妹もナイフを突き立てた。兄妹は泣いていた。男は腹から刃物を抜き、兄妹へと投げてよこした。もう一度刺せという意味だった。それを見た両親がこの日初めて悲鳴を上げた。取り返しのつかないものを目の当たりにしたときの声だった。男は両腕を広げて兄妹を迎え入れた。
父から、母から、兄から、妹から、男から、蜘蛛から、蝶から、かれらの目から憎しみがあふれ出し、頬をつたい落ちた。
蜘蛛は丸イスを支えて静かに立ち上がり、ねぐらに戻って次の噺を夢想する。