第161期 #16

シューカツが終わるまで

 牛の形になぞらえられる県の、ちょうど下腹部の所にある温泉地に来た。海を見下ろすように、急勾配の坂にホテルが並んでいた。看板は古く、錆びたり欠けたりしていた。しかし、古くても高級ホテルで、昭和のたたずまいだった。
 以前に僕の授業を聴講していたこの子と、二人で来た。三年生になった彼女は、インターンシップなど、就職活動が始まろうとしていた。就職が決まるまでは、会えなくなるよと連絡があった。第一希望に見事通るとか、一番に決まることはないだろうが、内定を取り損ねることもないだろう。就職が決まるのは、八月から九月頃になるはずだ。
「ああ、わかってるよ、頑張れ」と、返事をした。三十を迎えても非常勤講師に甘んじている僕は、彼女が就職を決めれば、二十二歳のこの子に先を越されてしまう。そんな気持ちになった。年が上というだけで、後ろめたさがあった。彼女は非常勤講師の収入を知らない。
 期末の試験期間を終えた大学は、春休みに入った。頑張れと言った舌の根も乾かぬうちに、温泉旅行に誘った。一泊分の用意を持って、自分の古い車で連れてきた。受付で二人の名前を書いて、エレベーターに乗り、和室の一室に案内された。平日で、客の姿はほとんどなかった。温泉も貸し切りだった。高くはないが、会席料理も食べた。

 部屋に敷かれた布団の上で、彼女の大腿部を枕にして横になる。食後にもう一度、温泉に入ってきた彼女は、くしで髪をなでている。体には温泉の熱が残っている。
 目をつむる。「寝ようか」と、僕の耳元で言う。頭を優しくどけて、部屋の電気を消しに行く。入り口の所だけ電気を残す。窓の外は月の光で明るい。僕は横になったまま、布団をめくって中に入る。彼女も続いて、僕の体の上に乗るように布団の間に入ってくる。部屋の電気を落としても、月明かりで顔が見える。僕の首に両腕を伸ばす。浴衣の袖が首筋を触る。柔らかい胸があたる。頭に右手を回して、頬を重ねる。彼女の石鹸の匂いを吸い込む。
「離れたくない」
 背中に回した左手を、浴衣の上から下着の紐に沿わせる。性格は子供だが、丸くて肉付きのいい背中だ。右手を下へ持っていく。指先が下着の縁に触れる。足を浴衣から出して絡ませる。裾がめくれ上がり、布一枚を隔てて、お互いにこすりあう。
 両手で強く背中を抱いて、頬にキスをした。耳元で「する?」と彼女は訊いた。
「シューカツが終わるまでは、しない」と僕は答えた。



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