第156期 #1
「私が死んだら君はどうする?」
学校の無人の教室、勉強中の俺を見て幼馴染みの女は言った。
真夏だというのに長い髪をくくりもせずにいる姿は暑苦しい。
かちり、シャーペンの芯を少し出す。特にこの行動に意味はない。ただなんとなく、出しただけ。
顔を少し上げれば前の椅子に座って女が俺を見つめていた。
真っ黒な、目。日本人なのだから当たり前だ。だが、意味が違う。何かが、何かが決定的に。
「どうもしないな。」
「そっ、か…。」
ショックを受けたのだろうか。目を見開いて涙をうっすら浮かべていた。
幼馴染みがなんだ。俺はこの女が好きじゃないのだ。自己中心的な、この女が。
「死にたいか。」
夕焼けの光が教室に射し込む。
ほのかに赤みを帯びた女の髪は深刻さを引き立てた。隈のできた顔は、疲労が浮かんでいた。
「構ってほしいのか。」
かちり、またシャーペンの芯を少し出す。そして芯を女の顔に向けた。瞳が揺れた。
これだから女は困る。いつも人といなければ寂しい、しつこい人間。
「……。」
返事は無かった。ならばもう語る意味はない。俺はノートに顔を向けた。
「…ねぇ、」
数分、ほんの少しの沈黙を破ったのは女だった。
顔を上げる。前の椅子に女はいない。どこに行ったのだろうかと少しさ迷わせればすぐに見つかった。
「なんだ。」
窓際に腰掛けていた女は先程と違い、晴れ晴れとした表情を浮かべていた。
「私が死ねば、私は君の記憶に残れる…?」
「は?」
女は笑う。覚悟を決めたように。
窓枠に手を掛ける。その先の行動がようやく理解できた俺は席を立つ。
「ばいばい。」
女の姿が消える。
直後ぐしゃり、落下音。下を覗き込めば赤に染まる女がいた。
死んだのだ。あの女は。
「…残念だな。」
俺は青ざめることなく、助けを呼ぶこともなく。何事もなかったかのように勉強を再開した。
残念だ。非常に残念だ。
きっと俺の記憶に残るため命をかけたあの女の事は一週間後にはすっかり忘れているだろう。