第155期 #20

図書委員長

 バスから降りた。昼間。急になつかしくなった。仕事の用事である街にきた。ぼくは中学生のとき、ここに住んでいた。

 そのころぼくは図書委員だった。委員なのに、風邪をひいて本の返却が遅れたことがあった。
 夕ぐれの放課後で、数人が読書をたのしむ図書室だった。
「返却遅延は、けしからぬことです」
 図書委員長が云った。委員長は時代がかった言葉が好きだ。
 委員長は女の子で、髪はみじかく、目はおおきく、眼鏡をかけている。
 ぼくはあやまった。
「あなたが休んだ昨日に事件がおきました」
 委員長は、なれた手つきでぼくの持っていた本(たしか乱歩)の返却手続きをすませ、窓際の席にすわり、腕組みをし、右手指先をあご先にそえて云った。
「神岡さんが内緒で学校に持ってきたゲームボーイがぬすまれました」
 委員長は図書室の名探偵とよばれている。
「噂では神岡さんの親友の関さんが犯人になっている。関さんにしか持ってきたことを云わなかったから。しかし関さんの性格はお喋りね。だれかに話した可能性もある」
「うん」
「陰険な水沢先生が無断で没収したのかも。クラスいち貧乏な森くんの仕業かも。ね、だれが犯人だとおもう?」
「さあ」
 委員長は立ちあがり窓の外を見る。しかし委員長はほんとうは、窓ガラスに映るぼくの途方にくれる顔をながめていた。
「真実は本に書いてある。謎は図書室にいても解ける。わたしには犯人なんかすぐに分かっちゃう」
 名探偵は笑みをうかべた。(おそらく)広範で(おそらく)膨大な読書量からつちかった人間心理についての知識が導きだした真犯人は、また間違っているだろう。委員長の推理はいつも間違っている。
「真実は明日話すね」
 委員長はじらすのも好きだ。
 けど委員長は翌日から風邪で休み、真実は聞けなかった。その日に委員長が借りた鴎外が染みだらけの昔の本で、そこに菌がまぎれていたのだとおもう。古い図書室で、本好きの生徒はしょっちゅう熱をだす。
 事件は委員長が休んでいる間に神岡さんの狂言が判明して解決した。病みあがりの委員長は、事件に関しては知らんぷりを決めこんだ。

 委員長のことをおもいだしたのは、当時かよった古本屋がつぶれてリフレクソロジの店に変わっていたからだろう。
 さいわい、ぼくは委員長のことを語りあえる人間を知っている。妻は中学の同級生だ。でも話したらきっと嫉妬する。でも話したい。用心のため、甘くない洋菓子でも買って帰る。



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