第136期 #15

ブラックアウツ

 小雨の上がった駐車場に猫が姿を現した。三毛、白、白、キジトラ、錆、茶トラ白の六匹。いずれも気の強そうな眼差しを、人間に見えない中空のあれやこれやに向ける。
 隣家の老婆が用意した餌は、食べ残しても良いようドライフードばかり。小分けが多く、大袋は買わない。何しろ猫の好みは一晩で変わる。ペットショップは猫餌に関してのみお薦めを言わない。
 白二匹がいち早く餌皿に駆け寄る。兄弟なのか、尻尾の形以外で見分けることは極めて難しい。いつでも二匹で行動するおかげで傷痕は少ない。野良猫の世界は全てが生死に直結する。
 キジトラはチータのすばしこさで脇から餌を狙う。しかし彼は幼い外飼いの猫であるため、争いに勝った試しがない。筋力や体格以上に執念、気迫が物を言うことを彼はまだ知らない。
 三毛はでっぷりした身体を揺らして様子を窺う。彼女は左右あらゆる角度から腰の入ったフックを繰り出すハードパンチャーである。いつでも餌にありつけると知っているし、あさましい態度はむしろ迫力を削ぐ。
 錆猫は白の片割れと鼻を合わせ、場所を空けてもらう。縄張りが広い代わりか、基本的に争いを好まずどこからでも餌を手に入れる。聞いた話では定食屋の主人が長く外飼いにしている。臆病と慎重、勇猛と無謀の境目を見分ける術に長けている。
 彼らが食事を終える頃、長毛種の茶トラ白が動く。五匹は蜘蛛の子を散らすごとく後ずさり、大きな輪を作る。数え切れない名を持つ茶トラ白は、齢二十を超えても若々しさに満ちており、十年前に比べればくたびれた毛並も、あちこちの傷痕と相まって野生の鋭さを体現する。
 キジトラがちょっかいを出そうとにじり寄り、一睨みで撃退される。白二匹は遠巻きの姿勢を崩さず、攻撃的な三毛ですら錆と身を寄せ合って彼の表情に目をこらす。
 地域の猫は、例外なく彼の手にかかった。野良、飼いを問わず近寄る者を引っ掻きまた噛み付き、再起不能の傷を追わせる事も多々あった。去勢されていないにも関わらず、一度として交尾に及ばない孤高の存在である。犬ですら彼を避け、睨まれれば血迷ったように吠える。
 五匹は彼の知り合いだが、関係は良くない。友人には遠く、手下の信頼もない。むろん家族にはなり得ない。
 一帯に六匹以外の猫は存在しない。部屋飼いはいるかもしれないが、町で猫と言えば茶トラ白、あと五匹。彼らが死に絶え、猫文化は終わる。歴史は閉じるところである。 



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