第118期 #10

週末、河原でキャンプでもしようか

 昔あるところに青年がおりました。青年はとても暇を持て余していたので、近所の川へ釣りに出かけることにしました。十間ほどの川幅に、水が囂々と流れています。爽やかな五月晴れの中、早速岩場に腰をおろし釣り糸を垂れました。しばらくすると、上流から派手な色のカヤックが一艇やってくるのが見えました。女性のようです。彼女は、華麗なパドリングでエディをつかまえ艇を止めると、青年に声をかけてきました。
「こんにちは」
「こんにちは」青年と同い年くらいでしょうか、見るからに活発そうな女性です。
「何が釣れるんですか」
 女性の問いに、青年は思わず口ごもりました。釣れるもなにもありません、そもそも餌どころか、針さえつけてなかったのです。青年が窮していると、突然、ビビビと竿が振動しました「うわっ」
 次の瞬間、青年の両腕はものすごい力で引っ張られました。川に引きずりこまれそうになりながら、青年は必死の形相でカヤックの女性に助けを求めます「何かがかかったようです、すみませんっ手伝ってくださいっ」
 青年の叫び声に、慌てて女性も岸に上がり駆け寄ります。そうして青年を支えるため、背後から両手を体に回しました。
「すごいですねー」
「はい、すごいです」
 ふたりが、渾身の力を込めて竿を引くと、釣り糸の先に地面のはじっこが引っ掛かり、徐々にめくれあがってきました。めり、めりめりめり。ふたりは後ずさりました。めりめりめりばりばりばり、ごごごごご……竿に導かれ、巨大な土の壁が眼前に立ち上がります。めくれ上がりできたくぼ地に、どどど、どっと川の水が浸入しました。
「どんどん下がってくださいっ」「了解ですっ」
 ふたりは竿をかついだまま後ろ向きに小走りとなって、阪神方面へ下がっていくと、めくれ上がった地面はその勢いで、ふたりの頭上百八十度きれいに半孤を描いて越えて行き、そして、ばっしゃんとその身を瀬戸内海に打ちつけたのでした。


「その時にめくれ上がった地面の痕がこの琵琶湖で、釣り上げ落ちた塊が淡路島だよ」
 食卓に地図を広げ、わたしは膝の上の息子に語りかけた。息子は頬を紅潮させ「それ、本当なの」と首を傾げる。
 すかさず台所から妻が「あら、本当よ、それがママとパパの出会いなの」
 部屋の奥からでてきた娘が「そしてこれが、その時の釣竿」と息子に竹竿を手渡す。
 すげえ、息子の目ん玉は、地図と私と妻と釣竿の間をぐるぐるといつまでも回り続けた。



Copyright © 2012 さいたま わたる / 編集: 短編