第11期 #18

壊れた子どもたち

 おいで
 おいで
 壊れた子どもたち
 おどろ
 おどろ
 リズムにのって

 開け放たれた玄関の前を子どもたちが、歓声をあげながら突風のように通り抜けると、路地のむこうから、歌のような、祈りのような声が聴こえてきた。
 燦々と太陽が照りつける夏の日、ボクは玄関につづく廊下で友達を修理していた。友達は脳が中古の安物で、そもそも調子がわるかったのだけど、専用のラードが切れてしまって、かわりにサラダ油をつかったら、すっかりおかしくなってしまった。攻略本には「サラダ油だとさっぱりした性格になる」と書いてあったのに。
「グエッ、ギョッギョッ」
 ジタバタする友達を拘束具で縛り上げ、頭を開く。おかしいところなんか、どこにも見つからないけど、脳をとりだして一回ひっくり返し、また、脊椎につなぐ。
 友達は眼をぐりっと回して、言う。
「きみはこう言いたいのでしょう。イシャはどこだ!」
 玄関から射し込む太陽が強い。すぐそばでセミが泣きはじめた。

 おいで
 おいで
 壊れた子どもたち

 声が近づいてくる。それは子どもの笑い声や大勢のばたばたという足音にまぎれ、最初はよく聴き取れなかった。しかし甲高い子どもの声とは異なり、深くしわがれたその声は、一度聴いたら耳から離れようとしないのだった。

 さかそ
 さかそ
 紅い花

 たくさんの子どもの足音がこっちにやってくる。ずりずりと地面を擦るだらしのない足音。そして、歌のような祈りのような声。
 それは、あれよあれよという間にボクのすぐ近くまでやってきて、
 やんだ。
 玄関に射し込む光を大きな影がさえぎった。烏のような男だった。
 男は、玄関にいる祖母たちに言った。
「壊れた子どもはございませんか」
 祖母たちは三人ともオハジキに夢中で答えない。ボクは恐かった。祖母たちが男に気がついたら、ボクは……。
「いいえ」
 ボクの背後で誰かが言った。
「うちには、そういうものはありません」
 男は、鉤のような右手で左腕のねじを締めた。軽く頭を下げると、また、あの歌うような祈りのような声で去っていった。後を子どもたちがぞろぞろとついていく。
 ボクは立ち上がり、どうして置いてくの!、と叫ぼうとしたが、声にならなかった。どうして! どうして! 女の子なのにズボンをはいているから?
「のうキクチサヨコ」
 友達が眼をぐりぐり回しながら言った。
「眠れや………」
 気がつくと、ボクは誰かに、強く抱きしめられているのだった。



Copyright © 2003 逢澤透明 / 編集: 短編