第109期 #10
都会の交差点。前を歩く若者二人の、鳥のような頭をした方が、吸っていた煙草を投げ捨て、倒れた。それを見た周りの人々が一斉に足を止め、携帯電話を取り出す。恐らく電話先は警察だろう。
進歩し続ける文明を自らで制御できなくなった人類は、自分達を自分達の作った機械に統治させる事にした。出生時に施される予防注射と一緒に、体にミクロのチップが埋め込まれる。「良くない行為」をする度、その大きさに応じて内部でポイントが減点、〇になれば"裁かれる"。抑制効果は抜群だった。犯罪は激減し、人間関係のトラブルなどというものは消え去った。もうずっと前のことだ。
どこかに電話をかけていた人々が、思い思いの方角へと散っていく。人が倒れたのに放っておけば、自分も減点される恐れがある。
チップは全ての人に埋め込まれているわけではないらしい。あくまでも噂だ。コストがかかるし、なにより恐怖を植えつけることが目的なので、百パーセントにする必要はないと。「自分は大丈夫」と思い込んでいた者が死ぬ。よくある話だった。慣れているはずだった。
突然に仲間を失ったもう一人の若者が、必死に遺骸を揺さぶっている。狂ったように呼びかける声は裏返り、涙やら鼻水やらがとめどなく溢れている。
その純粋な慟哭が、私の何かを燃え上がらせた。
「おい!」
大きな声がした。私の声だった。所謂中年の私に、こんな声が出せるとは思っていなかった。散りかけていた人々が、ビクッとしてこちらを振り返る。
「こんな……こんなのおかしいだろう! 機械なんぞに人の生死を弄ばれて!」
私は怒っていた。まとまらない思考と言葉と怒りが、沸騰した湯のように湧き出る。これまで何にぶつけたらいいか分からなかった、積もり積もった不条理への怒り。ああ、私はこんなにも怒れたのか。わけのわからない力に突き動かされ、何か大きなものに向かって吐き出す。視界が滲む。空に吼える。
「間違ってる! 間違ってるだろうこんなもの! クソッ! こんな……こんな……クソッ! 誰も……誰もおかしいと思わないのか! 思ってるんだろ心の中じゃ! 言ってみろ! 言えよほら! ほ
閃光が見える思考が爆ぜるビルが赤い世界が回転する。膝と地面とがぶつかる音。頬にコンクリートの感触。寒い。そうか、自分も――
立ち向かうことすら、許されないのか。
閉じていく視界の端に、無表情ででんわをとりだすひとが